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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)10349号 判決 1968年7月16日

原告(反訴被告) 小寺金四郎

右訴訟代理人弁護士 中村敏夫

同 山近道宣

右中村敏夫訴訟復代理人弁護士 染谷寿宏

被告(反訴原告) 遠藤健三

被告(反訴原告) 成和建設株式会社

右両名訴訟代理人弁護士 田中治彦

同 西迫雄

同 田中和彦

主文

1  原告の被告遠藤健三に対する昭和三七年五月一〇日付金銭消費貸借契約に基づく金一、〇〇〇万円の債務が存在しないことを確認する。

2  被告遠藤健三は、原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物につき東京法務局渋谷出張所昭和三七年七月六日受付第一八、二六六号抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

3  原告の被告成和建設株式会社に対する昭和三〇年七月三〇日付契約に基づく債務は別紙債権目録記載の債権額を超える限度で存在しないことを確認する。

4  原告の被告成和建設株式会社に対するその余の請求、反訴原告成和建設株式会社(本訴被告)の反訴被告(本訴原告)に対する反訴請求および反訴原告遠藤健三(本訴被告)の反訴被告に対する反訴請求はいずれもこれを棄却する。

5  訴訟費用は、本訴、反訴を通じこれを五分しその二を原告(反訴被告)の負担とし、その三を被告(反訴原告)両名の負担とする。

事実

<全部省略>

理由

第一、原告と被告会社間の本訴請求ならびに反訴請求について

一、昭和三〇年七月三〇日現在における原告の被告会社に対する残存債務額ならびに同日右当事者間で締結された契約の内容およびその性質につき争いがあるので、まず、この点から検討する。

(一)  本訴および反訴請求原因事実中、被告会社が昭和二九年一一月原告から、小寺ビルの建築工事を請負代金は後日協議のうえ確定するとの約にて請負い、これを同三〇年七月三〇日竣工し原告に引渡したこと、右同日原告と被告会社とが協議の結果、右請負代金を金二、六五三万二、〇〇〇円と確定し、更に被告会社がそれまで原告のために立替えていた金四六二万六、〇〇〇円の立替金と利息金三五〇万円も、右請負代金に併せ原告が被告会社に支払う旨合意したことは、当事者間に争いがない。

(二)  右争いない事実に、<証拠>を綜合すると、次の事実が認められる。即ち、

(1) 原告は昭和二九年一一月頃、東京都渋谷区上通二丁目三五番地所在の自己所有地上に小寺ビルの建設を計画していたが資金の調達に腐心していたところ、たまたま知人から被告会社の代表取締役である被告遠藤を紹介されたのを機会に、同被告の協力により右計画を遂行することとなり、同月二二日被告会社との間に右ビルの建設工事代金を概略金二、〇〇〇万円と定め、原告は右ビル完成までに右代金を逐次支払う旨の工事請負の仮契約を締結し、被告会社は、これに従い同年一二月右ビルの建設工事に着手した。

しかしながら、当時原告においては小寺ビル建設に要する資金は手許にはほとんどなく、確実な資金源となるものは、東京都から原告に支給されることが予想されていた金六〇万五、〇〇〇円の耐火建築助成金があるのみであったが、被告遠藤は、原告と協議のうえ、右ビルの竣工までに入居予定者を募り、これらの者から入手されるであろうところの敷金、権利金等の金員を逐次工事代金に充当し、不足分は原告もしくは被告両名の信用において他より借用する金員をもって当てることとして前記仮契約を締結したものであった。

小寺ビルは、昭和三〇年七月三〇日完成し、同日被告会社はこれを原告に引渡したが、その間予想した入居者も思うように募りえず、また原告の経済的信用も乏しく原告が自己の信用により借用した金員は約金二〇〇万円程度で、結局、右ビルの建設工事に要した費用の大半は、被告遠藤ならびに被告会社の信用において他より信用した資金でまかなわれるほかはなかった。そこで被告会社は原告の明示もしくは黙示の承諾のもとに、昭和三〇年三月頃、訴外日本相互銀行銀座支店より金一、〇〇〇万円を借受け、また被告遠藤の知人の経営にかかる金融業訴外鈴木商事株式会社より昭和三八年春頃までに合計約金一、〇〇〇万円を日歩金一〇銭から金一八銭もの高利(しかも一ケ月毎に利息を元本に組入れる重利契約)で借用して右ビルの建設工事の資金に当てていた。そこで昭和三〇年七月三〇日までに、被告会社は、右借用金の右同日までの利息を各貸主に支払っており、また、右ビルの建設に関連する費用として、建築設計料、管理費等合計金四六二万六、〇〇〇円を支出し、他方、原告は被告会社に対し金一、四一六万六、〇〇〇円を請負代金の一部として支払っていた。

(2) 以上のような諸事情があったために、小寺ビルの竣工引渡の当日である昭和三〇年七月三〇日に原告と被告会社との間に次のような趣旨の合意が成立した。即ち、小寺ビル建設工事に要した費用は、当初予定していた金二、〇〇〇万円を超える結果となったので、

(イ)請負代金を金二、六五三万二、〇〇〇円とする。

(ロ)前記立替金四六二万六、〇〇〇円ならびに被告会社が右同日までに他から借用した金員につき被告会社が支払った利息のおおよその金員金三五〇万円、および小寺ビル一階に訴外山一証券株式会社が入居するに際し斡旋仲介の労をとった訴外大野伴睦への謝礼金二六五万円、以上合計金一、〇七七万六、〇〇〇円を原告が被告会社に支払う。

(ハ)右同日現在それまでに原告が被告会社に支払った金員は金一、四一六万六、〇〇〇円であることを確認する。

ところで、右の合意に基づけば、原告は前記(イ)、(ロ)の合計金三、七三〇万八、〇〇〇円から右(ハ)の金員を控除した金二、三一四万二、〇〇〇円を即時に被告会社に支払うべきであったが、原告にはその資力がなく、その後順次分割して支払うほかはなかったので、右金員完済にいたるまでは、一定の金員を付加して支払うこととした。そして右付加支払金の利率については従来被告会社が原告のために他から借用した際に支払って来た利息の利率が日歩金一〇銭ないし金一八銭であったことならびに一ケ月毎に利息を元本に組入れる重利であったことを考慮して、日歩金一〇銭、一ケ月毎の重利計算とすることとし、これを右合意の成立した日の翌々日たる同年八月一日から支払うべき旨の合意がその際当事者間において成立した。

以上の事実が認められる。原告ならびに被告兼被告会社代表者遠藤健三本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして当裁判所の措信しないところであり他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

原告は前認定に係る(ハ)の金一、四一六万六、〇〇〇円の他に、なお金一四〇万円を被告会社に対して支払っていると主張し、成立に争いのない甲第三号証の六ないし九によるとあたかも右主張事実を認めうるような観があるが、右甲第三号証の六ないし九を同号証の一ないし五と彼此対照すると、右金一四〇万円がはたして請負代金の一部として支払われたものであるか否かの点につき必ずしも疑問なしとしないばかりでなく、前認定のとおり昭和三〇年七月三〇日原告と被告会社との間において、それまでの原告の支払額が金一、四一六万六、〇〇〇円であることを双方確認していること、ならびに右甲第三号証の一ないし五の支払金額の合計が前掲甲第一号証(乙第二号証)記載の原告支払金額つまり金一、四一六万六、〇〇〇円と一致していることにかんがみると、原告が右同日までに前記金一、四一六万六、〇〇〇円の他になお金一四〇万円を請負代金の一部として被告会社に支払った事実を肯認することはできないから、この点に関する原告の主張は採用できない。

(三)  ところで、昭和三〇年七月三〇日原告と被告会社との間に成立した前認定の契約の性質については当事者間に争がある。すなわち、原告は、右の契約は準消費貸借であると主張するのに対し、被告らはそれは単なる請負代金債務等の承認契約に過ぎず、準消費貸借ではないと争うから検討する。

前認定の事実によれば、原告が右同日現在において被告会社に対して負担していた債務額は金二、三一四万二、〇〇〇円であるが、これは請負代金債務、原告の被告会社に対して負担する立替金の求償債務および右同日の合意に基づき原告が被告会社に対し支払義務を負うに至った利息金および斡旋料名義の債務を合算した金員から原告の支払済の金員を控除したものであり、右各債務の発生原因はそれぞれ異質のものであって、これら数個の債務を合して一個の債務とし、しかもこれに対し同三〇年八月一日から完済まで日歩金一〇銭の割合による金員を一ケ月毎の重利計算の下に支払う旨の契約を付加しているのであるから、原告と被告会社間に成立した前記契約は、当時右当事者間に存在した幾多の債権債務関係を明確ならしめると共にそれを精算して一個の債務に集約し、かつ、その支払方法と定めたものと認められ、したがって、それは単なる債務承認契約の域にとどまらず、右金二、三一四万二、〇〇〇円の支払債務をもって消費貸借の目的とする旨の合意も含まれているものと解するのが相当である。

そうだとすると、右債務については利息制限法の適用があるから、同法所定の最高利率を超える金員支払の約定はその超過部分について無効であるといわなければならない。

そこで、右最高利率について考えるに、前認定のとおり当事者は、右確定した債権元本に対し、日歩金一〇銭の割合による金員(一ケ月毎の重利)を支払う旨約し、それについて「利息」の名義を用いているが(証拠省略)、前認定にかかる契約成立に至るまでの経緯や右契約に基づく債務の弁済期について特段の定めがなされていない事実に徴すると、右確定した元金については、総べて既に弁済期が到来しており、本来原告が直ちに支払うべき義務を有するものと解せられるから右日歩金一〇銭の割合による金員は、いわゆる約定利息ではなく、むしろ遅延損害金を約定したものと解するのが相当である。したがって、元金二、三一四万二、〇〇〇円に対する日歩金一〇銭の利率による重利の約定を含む金員支払契約は、同法所定の最高利率である年三割を超える範囲において無効であることは明白である(特に、重利契約は、その元本に組入れられる利息の利率が利息制限法所定の最高利率を超えるものであり、しかも、その組入れ期間がわずか一ケ月という短いものであって、不当に債務者を圧迫するものであるから、利息制限法ならびに民法第四〇五条の趣旨からみて、それ自体無効な契約と解すべきである)。そうすると、昭和三〇年八月一日現在における原告の被告会社に対する債務は、金二、三一四万二、〇〇〇円とこれに対する同日以降年三割の割合による約定損害金の支払義務であったといわなければならない。

二、そこで、次に原告主張の弁済の主張について審究する。

(一)  原告主張の第二支払表記載(昭和三二年八月以降の支払は別紙第三支払表と同一)の支払関係中、同表4ないし69.10.、28および36を除く、その余の各支払ならびに支払年月日の事実は、当事者間に争いがない。

(二)  原告は、同表10および36に記載するとおり、昭和三〇年一二月一三日金四万円、同三二年二月二八日金一五万九、〇〇〇円を各支払ったと主張するけれども、右事実を認めるに各りる証拠はない。もっとも<証拠>によると、金四万円を被告遠藤が原告から受領したことが認められるが、その年月日は不明であるばかりではなく、それが本件債務の弁済であると認めるような証拠は他にないから、結局右金四万円の弁済の事実は認めることができない。

次に同表4ないし6.9および28のうち金七万円については、同表記載のとおり弁済のあった事実は当事者間に争いがないが、その年月日についてのみ争いがあるところである。

(1) まず、同表4ないし6の各弁済が原告主張のとおり昭和三〇年一一月九日、同月二四日および同月二八日になされたことは、<証拠>によって認定でき、右認定に反する証拠はない。

(2) 次に、同表9および28のうち金七万円の支払年月日につき、原告は、同表9の金八万円を昭和三〇年一二月一三日、同表28のうち金七万円は同三一年九月二八日に各支払ったと主張するのに対し、被告両名は、前者は同三〇年一二年五日、後者は同三一年九月三〇日に各支払を受けた旨主張するが、そのいずれの主張についてもこれを認めるに足りる証拠はない。

ところで、このように支払の事実そのものについては当事者間に争いがなく単にその支払年月日についてのみ当事者間に争いがあり、しかもそのいずれについても確証がない場合には、その年月日は、結局立証責任を有する者に不利益に認定するのを相当とするところ、本件において、本訴反訴を通じ弁済の事実を主張立証する責任を有する者は原告であり、かつ、弁済の年月日が遅れるに従い、より多額の遅延損害金債権が発生することは前認定のとおりであるから、かような場合には遅れた年月日をもって原告の不利益と解すべく、従って前記金八万円の弁済日は昭和三〇年一二月一三日、金七万円の弁済日は、同三一年九月三〇日と認めるのが相当である。

(三)  原告の弁済した日時ならびにその金額は右認定のとおりであるが、これをまず利息制限法所定の利率による年三割(日歩金八銭二厘一毛)の割合による遅延損害金に充当しその超過額を元本に充当すると、その充当関係は別紙第四支払記載のとおりであるから、原告が被告会社に対して最終に弁済をした昭和三六年一月三〇日現在における残存債務は元本が金六四二万二、二九八円、遅延損害金が金四三六万七、四六四円であることは明白である(なお、被告らは、被告遠藤が昭和三六年五月一〇日、同年四月三〇日現在の被告会社の原告に対する債権のうち、金一、〇〇〇万円の債権を被告会社から譲受けたと主張するが、これは後記のとおり認められないから、金一、〇〇〇万円について控除していない)。そしてその後原告が右元利金の弁済をした事実は主張立証がないから、原告は被告会社に対し前記元利金のほか、右元金六四二万二、二九八円に対する右同日の翌日である昭和三六年一〇月三一日から支払済にいたるまで年三割の割合による遅延損害金を支払うべき義務を負担しているものというべきである。

三、そうだとすると、原告の被告会社に対する債務は右の範囲においてはなお残存しているものといわなければならないから、原告の被告会社に対する債務の不存在確認を求める本訴請求は右残存債務(別紙債権目録記載の債務)を超える部分に限って理由があるが、その余は理由がないことが明らかである。

四、そこで、つぎに被告会社の原告に対する反訴請求について判断するに、右反訴請求は、要するに昭和三〇年七月三〇日原告と被告との間に成立したという請負代金等の請務承認契約に基づく請求であって、準消費貸借契約に基づく請求とはその訴訟物を異にするものであることが明らかである。ところで、前同日原告と被告会社との間に成立した契約は準消費貸借と認めるのが相当であることは前判示のとおりであるから被告会社の主張するような債権はこれを肯認することはできない。原告は被告会社に対し、なお本件準消費貸借契約に基づく債務を負担していることは前認定のとおりではあるけれども、弁論の全趣旨によっても、被告会社において、予備的であれ、右準消費貸借契約上の請求を主張する意図がうかがえない本件においては、結局被告会社の反訴請求は原告の抗弁事実を判断するまでもなくこれを認容するに由なく棄却を免がれないものである。

第二、原告と被告遠藤間の本訴請求ならびに反訴請求について

一、原告は、被告遠藤に対する金一、〇〇〇万円の債務は不存在で、かつ右債務の担保として別紙物件目録(二)記載の建物になされている抵当権設定登記は抹消さるべきであると主張し、被告遠藤は、右金一、〇〇〇万円の債権は有効に存在するとして、これを争うので審究する。

(一)  右建物が、原告の所有であり、これに、「東京法務局渋谷出張所昭和三七年七月六日受付第一八二六六号、原因同年五月一〇日金銭消費貸借契約に附随する同日付抵当権設定契約債権者兼抵当権者、被告遠藤、債権額金一、〇〇〇万円弁済期同三九年五月九日、債務者兼抵当権設定者原告。」なる抵当権設定登記のなされていることは当事者間に争いがない。

(二)  被告遠藤は、昭和三六年五月一〇日被告会社より、前記金二、三一四万二、〇〇〇円の被告会社の原告に対する債権の同年四月三〇日現在における残債権金五、〇六五万三、一九一円のうち金一、〇〇〇万円を原告の承諾のもとに譲受けたと主張するが、この点に関する<証拠>に照らし措信できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

(三)  右のように、被告遠藤が、被告会社から原告に対する金一、〇〇〇万円の債権を有効に譲受けた事実が肯認できない以上、右債権譲受を前提とし、これを目的に同日準消費貸借契約を締結し、右抵当権設定契約をなした旨の主張は、その前提を欠くものであるから、その余の点について判断するまでもなく失当であり、したがって、右金一、〇〇〇万円の債務の担保として設定されたと被告遠藤の主張する本件抵当権設定登記は、その後担保債権が存在しないのであるから無効であるといわなければならない。

二、そうだとすれば、原告の被告遠藤に対する金一、〇〇〇万円の債務不存在の確認ならびに右抵当権設定登記の抹消を求める本訴請求は理由があるが、被告遠藤の原告に対する金一、〇〇〇万円の支払を求める反訴請求は理由がないことが明らかである。

第三、結び

以上のとおりであるから、原告の被告遠藤に対する債務不存在確認ならびに抵当権設定登記の抹消登記を求める各本訴請求はいずれもその理由があり、また原告の被告会社に対する本訴請求は、別紙債権目録記載の債権額を超える限度において一部理由があるからこれを認容すべきであるが、原告の被告会社に対する本訴請求のうち右以外の部分(すなわち別紙債権目録記載の債権の限度内の債務不存在確認の請求部分)は理由がないからこれを棄却すべく、被告会社および同遠藤健三の原告に対する各反訴はいずれも理由がないからこれを棄却する<以下省略>。

(裁判長裁判官 下関忠義 裁判官 大沢巖)

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